海岸屋ふー通信

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館山に戦争の爪跡を見るⅡ

みなさん お疲れ様です。

久しぶりにブログの更新をしたら
「全然面白くない」 と面と向かって言われた海岸屋です。
キビシー



さて 館山の続きです。
この木
館山に戦争の爪跡を見るⅡ_a0157159_22433090.jpg
なんか 道路にむかってロウソクが垂れたような風情ですね。
千葉は 「元禄の大津波」 というのがその昔あって
外房でも 一村壊滅 などの大被害を出していますが
この木 サイカチですが その時代にはもう大木になってて
津波から逃げてこの木によじのぼった人々を救った といわれています。

それからもう300年以上も経ってます。
地元の人々に大事にされているようでよかった。




そして 第二次世界大戦の終戦時 米軍が上陸した館山。
4日間だけではあっても 直接、米軍によって占領 統治された館山。
そんな事実は海岸屋は知りませんでしたけど
当時の日本側でも防衛上の重要基点として意識されていたようです。
これは赤山地下壕 という戦争遺跡
館山に戦争の爪跡を見るⅡ_a0157159_2391329.jpg
入り口は整備されています。
中はこんな具合。
館山に戦争の爪跡を見るⅡ_a0157159_23101570.jpg
全長1.6km 延々と続きます。
館山に戦争の爪跡を見るⅡ_a0157159_231342.jpg
そして見て欲しいのがこの岩肌。
無数のツルハシの跡。  そう これは手掘りなんです。

これでも海岸屋は年季の入った肉体労働者ですから
人力でこれだけの作業を しかも短期間にやる ということが
どれだけの仕事量かということは実感できるわけですが
正直 勘弁してもらいたい気持ちです。

戦局も押し詰まって 敵が上陸するとしたらここだ と言われている地域で
女は連れて行かれて 男は殺される などといわれて
そんな中でこの地下壕を掘ったわけです。
そりゃあ九州の炭鉱の仕事なんかも大変だったでしょうけど
こっちのほうが気持ちはずーっと暗かったでしょう。

当時の人々の息遣いが聞こえてくるようです。
館山に戦争の爪跡を見るⅡ_a0157159_23333291.jpg
館山に戦争の爪跡を見るⅡ_a0157159_23341396.jpg
なにも考えずに岩肌だけを見れば美しくもある。
けれどもやっぱりこれは 死を覚悟した人達の苦闘の跡なんです。

館山に戦争の爪跡を見るⅡ_a0157159_23375215.jpg
外に出て高いところから見てみれば きれいな海と空。
当時も今も風景は変わりませんが 
この海のむこうから敵が攻め寄せてくるという時代があったのです。

もうひとつの地下壕には こんなものも残っている。
館山に戦争の爪跡を見るⅡ_a0157159_2344351.jpg
戦闘指揮所
館山に戦争の爪跡を見るⅡ_a0157159_23461765.jpg
作戦室
見ればわかりますけど 狭い場所です。
ここを本拠地にして戦いを続行しようとしていたのだとすれば時代錯誤もはなはだしい。
児戯にも類する行為です。

当時の日本人が 戦争というものをどう考えていたのか
ここを見てみるとわかる気がします。
当時の日本の国力では 開戦したこと自体が負けだったはずです。
個人的感想では想像を絶するような仕事の量であっても
国と国との争い という出来事の中では
なにほどのこともない無駄仕事でしかなかったわけです。

そんなことを考えるにつけても
今の平和に感謝 です。

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by kaiganyafoo | 2013-06-02 00:03 | Comments(0)
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