海岸屋ふー通信

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
公式サイト
最新の記事
最新のコメント
by 鉋 at 13:03
爲井椋允
by 北脇里規 at 13:02
by 鉋 at 18:11
大武理菜 平塚由佳
by 大武理菜 長瀞渓谷 at 18:10
by 鉋 at 17:28
岩立良作
by 住谷春也 at 17:28
平塚由佳
by 鋸 at 15:24
by 後藤祐乗 at 15:22
by 鋸 at 20:55
上杉裕世 片山淳吉
by 成山裕治 津曲裕次 at 20:54
フォロー中のブログ
外部リンク
カテゴリ
以前の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

久留里と江戸をむすぶもの

みなさん 
「魅力再発見千葉散歩」 第一弾 久留里編 
から一夜あけてまだ少しぼーっとしている海岸屋です。

お前はいっつもぼーっとしてるだろう というツッコミはなしでお願いします。


さて
千葉の人以外はあんまり知らないかもしれない町 久留里
その通りに 「くるり」 と読んでください。

さて 久留里。
久留里は上総の国の中心にあります。
地図上で見ると確かに真ん中。
ですから今ではどこからも遠い。

(失礼ながら)どうしてこんな山の中に
すてきな建物があるのかしら?

今の感覚では思うんじゃないでしょうか。(ワタシはそうでした)
例えば・・・

久留里と江戸をむすぶもの_a0157159_22431799.jpg
これは戦前からやってた「元固バー」
エプロンをかけた女給さんが4人もいました。


久留里と江戸をむすぶもの_a0157159_22464132.jpg
これは金物屋さんの母屋の玄関。
スクラッチタイルや すばらしい左官の技術が光ります。
ね?
山の中にある というには不思議なほどのもんでしょう?




ですが今回教わったのは小櫃川(おびつがわ)の水運 という視点。
久留里からたった一日で木更津まで舟が行けたんだとか。
(帰りは三日)
ねえ そりゃぁアナタ
木更津まで行っちゃえば もう五大力船で品川まで2時間半です。

近い!
久留里から江戸まですぐですな。
運んだものは 米 薪 藁 松葉など

なるほど
上総の産物をいったん久留里に集積して
それを江戸まで水運で運ぶんですな。

そりゃぁ資本が蓄積します。
いい建物も建つってもんです。
昔から下地がある地域だったんですね。

ただね あの小櫃川に 米を200俵も積める舟が往復してたってんですが
水量が足りないんで いったん川をせき止めて 一気に舟ごと流した とも教わりました。

面白い!
え?
面白くない?

じゃあ 酒蔵の話も書きます。
・・などと 安請け合いをしつつ また明日でござんす。(江戸風)

にほんブログ村 住まいブログ 自然素材住宅へ
にほんブログ村
にほんブログ村 住まいブログへ
にほんブログ村




ええ
蛇足ながら

千葉県は北から順に
下総(しもうさ)
上総(かずさ)
安房(あわ) の三つの国に分かれていました。

旧国名には 上野(こうずけ) 下野(しもつけ)とか
越前 越中 越後 などのように二つに分けたり三つに分けたりしたものがあります。
この分け方には決まりがあって 
都(みやこ)に近いほうに「上」をつけたり「前」をつけたりします。

ですから房総半島中央から下寄りの「上総」のほうが
今の千葉市や葛飾区を含む「下総」よりも 都に近い ということになります。

都は奈良とかそっちのほうですけど
今の感覚では逆ですね。

それは理由があって 舟で来るからだ と言われています。
たしかに「土佐日記」なんかでも偉い人は舟で帰っていってましたね。

こっちの場合はやっぱり舟で来て
きっと木更津とか君津で上陸したんでしょうね。

中世以前も水運
江戸時代も水運
これは今の感覚では見逃しがちかもしれませんね。

by kaiganyafoo | 2013-01-27 22:58 | 建物いろいろ | Comments(0)
<< 酒蔵見学 プレイベント第一弾としての久留里 >>