海岸屋ふー通信


海浜住宅建築舎
by kaiganyafoo
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<   2017年 09月 ( 1 )   > この月の画像一覧


今どき手刻みで家を建てる理由 (海岸屋版)

みなさん おつかれさまです。




海岸屋は酒もタバコもやりませんが
さらにここ一年くらい「うおーきんぐ」なるものをやっています。
(健康フェチではないですやむをえない自衛というか・・)
昼間歩くと挨拶なんかをしてくれる人がいるのでいつも夜歩いているんですが
たまに 暗い夜道に人の顔が浮かび上がっていることがあります。
(ホラーではない)

スマホですな。
真っ暗な道をスマホ見ながら歩いているんです。
うーん
どうかと思うな。
スマホの中に人生の真実はないよ。
足元がお留守になっててつまずくかもしれないしね。(ナニかの比喩ではない)




さて、
古民家の調査とか 中古住宅の片付けとか 小さな基礎工事とか
大谷石の加工とか 引き戸の取っ手作りとか 草刈りとか
あいまに少し大工仕事(!)とかやってます。
何屋さんなんだかわかりません。

でも、作業場では加工がはじまりました。
a0157159_18393872.jpg
海岸屋は舟弘さんに叩きのみを一式頼んだけど
それとは全然関係なくはじまりました。ちぇ!
(舟弘さんには、メール入れて 電話して FAXもしたので大丈夫だと思うんですが・・)

まー
「刻み禁止令」が海岸屋個人に対して発動されているという噂もあるんですが
㈲海岸屋ふー全体では 「手刻み以外禁止令」が発動されっぱなしですから
まー
墨付け手刻みが一番面白いのにこれをやらなくてどーす・・・ゲフンゲフン
ねー 都倉さん。(誰?)




さて、手刻み。
ずーーーーーーっとひっかかってます。
はい
今どき手刻みで家を建てる理由 ですね。
最近では難しい加工でもプレカットでできるそうな。
(プレカット、わからない人 いますか? 構造材の加工を工場にさせることですよ。)


海岸屋は手仕事至上の原理主義者ではありません。
丸ノコもそれ以外の電動工具も使います。
それでも「手刻み」と言っていいのか。
もちろん手道具も使いますが。

では
それら電動の機械はプレカットとどう違うのか。
プレカットも大きな意味では道具に過ぎなくて
それをちゃんと使いこなせばいい という考えは成り立たないのか。



たぶん 成り立たないんです。
その違和感の正体をうまく言い表せなかったんですが
このあいだ少しわかった気がしたのは 「プレカットは材木から手を離している」という点です。

どんな道具で加工をするとしても その材木が作業場に入ってくるかぎり
自分たちの目で見て判断をして 自分たちの手で加工をしますが
プレカットの場合は材木に触りません。
工場から直接現場へ行く。

大工が材木から手を離したら何がおきるのか。
現在、あらゆる住宅におきている貧しさをみればそれはあきらかです。
いや、
自戒をこめて言ってみれば、まず第一に大工が貧しくなって
その貧しさが、作っている住宅に反映する と言ってもいい。

言い方を変えれば、大工は木に触れることによってのみ成長して
作り手として成熟することができるのだ ということもできます。

世の中の大抵の仕事は対人関係の要素が含まれていますが
大工の修行のはじめはそれとは違って木材と向き合うことだけに集中します。
四角い穴を掘ろうと思って四角い穴が掘れれば自分の手柄
いびつな穴が掘れたら自分の手落ちなんです。
どこにもあいまいなところはない。
a0157159_18490370.jpg

ちゃんとした穴が掘りたければうまくなるしかない。
うまくなるには木に触り続けるしかない。
近道はありません。


私たちが作っている建物は実用品としての側面と
それからやっぱり 嗜好品としての側面があると思います。
それはちょうど、食べ物にも栄養という観点と 
美味しい という価値とかあるのに似ています。

料理を作る人たちが それこそ人生を賭けて挑んでいるもの。
それは 人を満足させたり感動させたりする食べ物を作りたい ということでしょう。
やはりそこにも近道などないのだと思います。



K女史が昔、建築塾の終了制作で、「おいしい建築」という名の文章を書きましたが
できれば私たちは人を感動させるようなおいしい建築を作りたくて
今日も明日も手仕事をするんだと思います。


by kaiganyafoo | 2017-09-27 19:15 | 工事 | Comments(12)