海岸屋ふー通信


海浜住宅建築舎
by kaiganyafoo
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カテゴリ:建物いろいろ( 94 )


堀口先生と数寄屋上等!

みなさん おつかれさまです。


海岸屋、評判悪いです。
ブログの更新しないからってんで大層お叱りをいただくし
したらしたで堀口だの数寄屋だのってわけわかんないし・・
いいんだ・・・
イバラの道を歩んでいくのだ・・(いや、そんなもんじゃないな)


で、 最近腹が出てきたんで、さぞかし体重が増えてきたんだろうと思ってて
でも、測ってみたらそうでもなかった・・・

太ったんじゃなくてたるんだんだねぇ・・
えらく残念です。

さて、たるんだのは腹だけにしておきたいところです。
(ツマリ、気持ちはひきしめて・・)





さて、言い方は悪いかもしれませんが、
素人の方々は  「宮大工」 はフツーの大工よりも偉い!
と思っているフシがあります。
曰く、 宮大工だから腕がいい云々・・

でもね、実際は
宮大工のなかでも上手な人と下手な人がいる。家大工でもそれは同じ。
という平凡な答えが本当だと思いますけどね。

で、一方
業界の方々の中には 「数寄屋大工」 だから腕がいい という風潮もあります。

それだけではなくて 数寄屋そのものを 
「上等ナモノナノダ」  とする一種の数寄屋信仰みたいなものもあります。
たぶんね。

数寄屋という分野が、はたして上等なのか高尚なのか それはまあおくとして
それがいったいいつから始まったんだ? というのが今日のお話。

堀口先生の著書に「草庭」 というものがありますが、
まあ中身は小難しいものなんですが、その本のあとがきに太田博太郎さんが、
「この本以前には数寄屋をちゃんと書いた本ってなかったんだよ。」
 と書いてある。  ほんとか!

寺だとか神社だとか城なんかの研究はされてたけど、
茶室の研究ってのはなかったということなんです。
茶室は建築じゃない、的な?

太田先生が言っているのは
「茶室の思想的背景とその構成」という論文のことだと思うけど
これは昭和7年に出ていて、大正元年生まれの太田先生はこのとき20才。
大学生ですな。  勉強したらしいです、この本で。

うーむ。
茶室の思想的背景。
思わず読みたくなるな。 読んだんだけどな。

はい。仮説。
「茶室には思想があるんだよ!」 などと言う 
数寄屋建築上等論(?)を言い出したのは堀口捨己である。

うーん  どうなんだろう。
言ってて心配。



では
そのころ、茶の湯はみんなにどう思われていたのか というと、
例えば金馬です。ご存じ?
ハゲで出っ歯でガラガラ声の。(なんて失礼な!)

三代目 三遊亭金馬、 この人の持ちネタに 「茶の湯」 てぇのがありますな。
ご隠居が 「風流だなぁ」 と言いながらハチャメチャなことをするんですが
これは当時の一般的な方々の茶道に対する印象を戯画的に描いたものでしょう。
つまり わけわかんない わけです。

でね、旦那(誰?) ここだけの話、堀口捨己と金馬って同年齢なんです。
吉田五十八も学年は一緒。

この三人は 「数寄屋」 というものを
それぞれの面から照らしているんです。
粋な方から。
学問的な方から。
庶民の側から。
そして同じ時代の空気を吸っている。(ここ大事)

それからもうひとつ
赤瀬川原平さんの著書で 「千利休 無言の前衛」 という本がありますが
その中にこんな文章があります。
「日本的なもの、千利休、侘び寂び、といったものは、退嬰的、老人的、趣味的世界としか映らなかったのである。」

これは前後の文章から考えると赤瀬川さん自身の若い頃のことらしく、
たぶん1960年ごろの事だと思われます。
だとすると、堀口先生が書いた本を読んで太田先生が ウッヒャーと言ってから30年近く経っても前衛芸術青年のアンテナには数寄屋上等論は届いていなかったようっすね。

でも、その人が後年 「利休」 という映画を撮ることになるんですから、まあもちろん人も変わったんですけど、世の中も変わったわけです。
数寄屋上等論が徐々に浸透していくわけで。(そうなのか?)
・・・・
・・・・
・・


まあ、海岸屋がうっかり数寄屋に手を出したおかげで
(アタマの中での話ですね) 
延々と書いては消しを続けているわけなんだけど、(言い訳)
これを書いちゃわないとどうにもおさまりがわるい。
次回、もう一回だけ続きを書いて数寄屋からは撤収ということで。
はい。
では。

by kaiganyafoo | 2015-09-30 06:48 | 建物いろいろ | Comments(2)

堀口捨己

みなさん おつかれさまです。



古本屋で美味しんぼの第一巻を買ったので読んでみましたが  
なかなか興味深いです。
昭和60年発行とあるから30年経ったんですねぇ
a0157159_2249249.jpg
当時の東西新聞社の文化部の机の上には
パソコンがない
灰皿が配ってある
電話はダイヤル式のようだ。


ずいぶん変わるもんです。




さて、如庵なんですが
ついうっかりと踏み込んでしまったけれど、なかなか先が見えません。
〇気屋さんには 「全然面白くないよ」 と言いきられる始末。
でも
このあいだ会ったプロの校正の方には面白いですって言ってもらったもんな。
頑張ろうっと。

まずこれ。
a0157159_21115370.jpg

堀口先生の設計です。
これも。
a0157159_21121284.jpg

これを設計した人が国宝の茶室の移築を監修する・・・
なんだかイメージがうまくつながらないのは海岸屋だけですかね?

この写真だけを見るならば、
モダニズムだね? コルビュジェ? ふんふん ほーほー と
わかったようなことを言ってしまう自信があります。ワタシ。

ははぁ・・
若いころはやんちゃで、「昔のものなんかダメだい」 と言ってたのが
歳とったら 「和風はいいのお・・」 と変化したんだな? と思った方?
違います。

一枚目は若狭邸で1939年の作
二枚目は吉川邸で1930年の作ですが
そのあいだにも和風の建物を建てていますもの。

その後1950年に名古屋に八勝館というのを設計して、
日本建築学会賞というのをとってますが、これは本格の和風。
a0157159_2285437.jpg

ここで堀口は
横山大観がふすまに絵を描くからね と言われていたものをけっとばして
自分で昔の裂を探してきて切っては貼って作っちゃったからみんなびっくりした。
その後料亭をいくつか手がけて 「堀口数寄屋」 という評価を確立して・・
これはその後1957年の作
a0157159_21525712.jpg
あれまー

ね?
変わってないですよ。 堀口先生。

ですからモダンなものも数寄屋も どっちもできたんですね。
混ざらない。
さすが 「分離派」! え? 違う?

いやいや 堀口先生 不思議。
自分ってものがないのかしら。

いろいろ本を読んでみると、堀口先生にとっての建築って
自己表現とか思想の発露とかじゃなくて、研究の対象だったような気配があります。
モダンなものにしろ 数寄屋がかったものにしろ
ぐっと引き寄せて いろんな角度から調べていく・・・というような姿勢。
これは 「己を捨てて」 いるとも言える気がします。
こじつけが過ぎますか?

さてこの堀口先生が 数寄屋を 茶室を 茶の湯をどう研究していくのか。
前回の終わりにも同じことを言った気がしますが
そんなことには目をつぶって、行くところまで行く海岸屋だ!
したっけ!(北海道風)

by kaiganyafoo | 2015-06-08 22:14 | 建物いろいろ | Comments(4)

如庵と堀口捨己

みなさん おつかれさまです。


作業場のまわりの片付けなんかしているんですが
ふと見ると 雑木林の上をホトトギスが飛んで行きます。
海岸屋が平安歌人ならば、夏の歌でもうたうところだよねぇ・・(うたわない)
きょっきょきょきょきょ    としか聞こえんのよ。
a0157159_21545965.jpg





さあ 
大不評 如庵シリーズも海岸屋ふー通信始まって以来の長期連載になってしまって
もう正直、ちびまる子ちゃん的日常話題に戻る気まんまんではあるんですが
これで堀口捨己を取り上げないのでは片手落ち。
えー  お前なんかとっくに両手とも落ちてる ってのは陰で言ってね。



開き直って写真もないから覚悟してくれ。(何でだ)




さて、捨己だよ、皆さん。
オノレヲステル、ですよ?

ただ捨てりゃぁいいんだったら身投げでもなんでもいいんだけど
そうじゃない。(あたりまえだ)
ナニモノか大義のためにオノレを捨てる っていうことだよな
な? 捨己のお父さん? 
(どんなお父さんだったのかねぇ)


さて、堀口という人は分離派ってものの中心メンバーの一人で、
何から分離するかっていうと 「今までの建築(全部)」 から分離するんだそうです。
いいですねえ。
威勢がいい。
若い人はこのくらい言ってもらわなくちゃねぇ。

これを 東大出た仲間と卒業してすぐにやったらしいから
教えた教授も嬉しいんだか悲しいんだか。

これは ヨーロッパから出て世界中をまわったモダニズムでも
出だしのときは似たようなものですよね。 

「とにかくロマネスクとかゴシックとかバロックとかいろいろ言ってるけど
パルテノン神殿からこっち 全部ひとまとめで言うけど  それと俺らは違うから」 
みたいなね。
大変な馬力です。

この馬力が何に由来してるかというと、工業化社会であり、
具体的には鉄とかガラスとかコンクリートだということになってます。
新しい素材を使って新しい表現を ということでしょうか。
でも素材だけでは建築はできませんからなんらかのよりどころは考えます。

コルビュジェはドミノ理論とかモデュロールとか言いましたし
ライトのよりどころはタリアセンかプレーリー
安藤忠雄は幾何学でしょうか。

そして堀口は分離派ということなんですが、
その宣言を読んでも何をよりどころにして立つのかがわからない。
ただ そーとー力は入ってますな。
「我々の此理想の実現のためには我々の総てのものを悦びの中に献げ、倒るるまで、死にまでを期して。」とあります。

うむうむ 命を懸けたんだね。

そして堀口はだいたいこのくらいの時期に 「小出邸」 というものを作っています。
これは江戸東京たてもの園に今でも保存されていて誰でも見ることができる。
それは・・ まあ なんだかちょっと不思議なものです。

モダニズムと数寄屋というと 
吉田五十八先生が思い浮かぶけども この人はなんというか、例えば
「和食もこれからは国際化だね!」 とかいいながら 「出汁」 はしっかりとる
みたいなところがあるよね。

それに比べると堀口先生の方はモダニズムやるって言ったらモダニズムです。
コルビュジェが見ても うまいじゃん! って言いそうなものを作る。(言うか?)

それでですね、じゃあ和風を作ったらどうなんだ と言う話です。

和風 というかここでは数寄屋ですが、その中心課題は茶室ですが、
茶室の主演の 「お茶」、 助演の 「お花」 、 
いずれも元々は仏様に供えたものです。 
それが、
お金持ちだから贅沢するもんね という将軍様も
お金なんかないけど贅沢するもんね という将軍様も あんまり仏様の話はしない。
やれ、中国から茶碗買っただの絵買っただの
(自慢したいから)お茶しようぜー みたいなところがある。

それを
「いやいや やっぱ人間関係っしょ」
「茶の湯って、つまりは人付き合いじゃね?」 と言った利休前後の人達が、
主に禅宗のお坊様に、 「ね? そんでいいんだよね?」 
とバックボーンになってもらったはずなのに、
床の間に手紙かなんか飾っておわり ってところがある。
あんまり敬虔じゃないな。
ファッション的だな。

もちろんモダニズムの方々は宗教なんか重んじません。
ただ、そうは言っても完全に宗教色を抜いてしまったら茶の湯に何が残るのか
背骨が抜けたイカ (イカか!?) みたいになるのか?
そこを我が(?)堀口先生は突くわけです。


やー 
ぐるぐるまわって やっと入り口だぁ
みなさんもうんざりしてるだろうけど海岸屋だってそうだ。
もっと別の話がしたいよ。

というわけで あとの約束はできないままの
また今度だ!
では!

by kaiganyafoo | 2015-05-27 21:52 | 建物いろいろ | Comments(0)

如庵 危機一髪

みなさん おつかれさまです。

電子でもなく深切りでもない丸ノコを買った海岸屋です。
a0157159_20125490.jpg
今使ってる深切りの電子丸ノコはそんなに古くなってないけど・・
平行が悪くなっとる!
刃の出し入れで平行も直角もずれる!
海岸屋的には 深切りは 却下!
何?
深切りの方で海岸屋を却下?
まー 扱いが荒いってのはあるかも   だな。
丸ノコ入れる箱作っとこう・・  はい。





さて
軒桁なども雨漏りにより腐朽欠損している・・・ と言われた如庵ですが。

ふつう、桁っていうのはかなり丈夫な部材ですから、
なかなか雨漏りで欠損はしないもんですが
じゃぁ大磯時代の如庵はどんな風情だったんだろう と気になっていたところ
ちゃんと写真集が出てるんですね。
これ。
a0157159_1831677.jpg
むー
普通だ。
見たとこ普通だよね?

これらの写真が撮られたのは昭和35年から44年の間と書いてあったから
犬山へ移築する直前までを含んでいます。
傷んでいるのかいないのか・・

でもね、
こんなことが書いてある本もあるんだ。
a0157159_21282794.jpg
これは如庵の桁の断面です。
やばい・・・

国宝でもなけりゃ もう無理っていう世界ですね。
これが海岸屋の歯だったらとっくに抜かれてる・・(失礼)
で、
これが一番ひどい箇所かというとそうでもなく
いわば満身創痍の状態だったことが記録を見るとわかります。
(東京文化財研究所が 保存科学という冊子を出していて
それはネットで読むことができます。 ちなみに如庵関連は10号に載ってます)

この時代は今よりも科学に対する信頼感があったというか、
FRPや合成樹脂などの材料を使ってなおしていくことに前向きだと感じます。

今年あるところで見た文化財はやはり 人工木材 といわれる
人工的な素材で修復されており、
たまたま移築されることになったためいったん解体されましたが、
今回の修復ではできるだけ(天然の)木材で修復されると思う と聞きました。
でも 
ここまで傷んでいた如庵でもそれができたかどうか。
移築を担当した安井杢工務店の人にでも聞いてみたいもんです。




えーと
はたして如庵がどのくらい傷んでいたのか知りたくて
あれやこれや調べていたら 堀口捨己のところまでたどりつきません・・トホホ

いうまでもなく堀口という人は、モダニズムということを正面切って考えた人だけど
その人が国宝の茶室の移築をどうやって指図したのか 
を・・書くのか書かないのか海岸屋。

けっこう体力使うしなぁ・・・

もやもやっとしたまま また今度!
では!

by kaiganyafoo | 2015-05-25 22:46 | 建物いろいろ | Comments(0)

如庵を救った男

みなさん おつかれさまです。


このあいだ 山梨の塩山というところで
はじめて人前でハツリをやった海岸屋です。
案の定ボロボロで、狙い通りに引き立て役ができました。(いや マジで)

ハツリは息が切れるねぇ・・
a0157159_20345572.jpg
この方の息は切れてません。







さて、前回書いた 「古い図面をもとに再現された」 お茶室は 
元庵という名前がつけられています。
でも、どのくらい復元できているか というのは誰にもわからないでしょうね。

浜離宮に「松の茶屋」 という建物が復元されていて
これは写真も残っているくらい最近まであった建物なのに
わからないことも多くてずいぶん苦労されたと聞きました。
まして
江戸時代よりも古いんじゃねぇ・・

そう考えると、1618年に建てられた如庵が今の時代に残っていることというのは
建築をやっている者やお茶の世界の方々にとってどれだけ有難いことかわかりません。
けれど やっぱり坦々と残ってきたわけではないのです。


如庵がある正伝院は江戸時代を通じていいかんじで大事にされていたと思うんですが
明治になるとちょっと大変なことになります。
お寺さんですからね。

廃仏毀釈が徹底された地域では
仏像を壊して薪にして風呂を沸かしたとか
今は国宝になっている五重塔に火をつけて燃やして金物だけを取ろうとか
ずいぶんひどい話が伝わっています。

正伝院も京都の民間に払い下げられて、貸座敷などに使われるようになったそうですが
それもほどなくして不振となり、売りに出されたものを そっくり買い取った人がいて
その人の名は三井八郎右衛門、三井財閥の当主でした。

当時、三井の本宅のあった東京麻布へ正伝院 如庵ともに移築されますが、
大正時代が過ぎ昭和もしばらくした13年、戦局を考慮したためか、
これを大磯の別邸に再度移築します。
たしかに麻布の三井本宅は昭和20年の空襲で全焼していますから
これをいわば疎開 避難させておいたのは立派な見識だったと言えるかもしれません。

さて
それからもうひと波乱。
はい 戦後の財閥解体ですね。

大磯にあった三井の別邸は城山荘という名前がついていて
各地からたくさんの名建築が集められていたといいますから
海岸屋は三溪園を連想しましたね。
そこを土地ごと購入したのが名鉄の社長 土川元夫です。
昭和45年のことでした。

その後大磯での如庵の状態が調査されましたが、内容は以下の通り。

1 礎石の沈下及び欠損は些少である。
2 軸部は各所が弛緩し、柱はことごとく再度の移築の際に根継ぎされ、湿気のために   朽ち、軒桁なども雨漏  りにより腐朽欠損している。
3 軒廻りは、小舞、化粧軒裏など、約六割以上が雨漏りによって腐朽し、また、木垂木  、竹垂木ともに半数以  上が腐朽折損している。
4 中窓の竹格子の竹は、約八割が腐朽あるいは折損している。
5 畳は床下からの湿気で腐食が甚だしく、再使用は不可である。
6 内部壁の暦腰紙は、一部破損摩耗のため補修を要す。襖紙は摩耗し、一部剥離もあ  る。


鬼気迫る報告書じゃないですか。
日本一の財閥 三井が買って 益田鈍翁らが茶会を開いた名席が
戦後20余年でこれです。
建築関係者だったら目に浮かぶ惨状ですよね。

一部剥離もある と書かれている襖紙は 長谷川等伯の絵が描かれているんです。
やばいね。 チョーやばい。


・・・と
なんだかプロジェクトXのテーマソングが聞こえてきそうな展開だけど
これを現在の犬山に移すにあたって、一人の建築家が大きな役割を果たします。

その人の名は 堀口捨己。





海岸屋ふー通信始まって以来の長編連載になっちゃってますけど
写真も全然載せなくて面白くもないけど、
長い付き合いじゃないですか、かんべんしてくんなまし・・(誰?)

ではまた。

by kaiganyafoo | 2015-05-17 21:00 | 建物いろいろ | Comments(0)

如庵見学記 その2 ジョアンって何だね?

みなさん おつかれさまです。

世間ではゴールデンウイークとかいうものがあるらしいんですが
海岸屋は一度も食べたことがありません。





さて如庵。
これは じょあん と読みます。(小学校か!)

日本に国宝の茶室は三つあって それぞれ
待庵 (たいあん)
密庵 (みったん)
如庵 (じょあん) よ呼ばれています。

で、
字の通り読めば 庵の如し (いおりのごとし)となりますが
え? ごとしって庵じゃないの? とつっこまれそうです。
いえいえ 庵ですとも。

じゃあ、漢字は当て字なんじゃないのか? と思った人が
「ジョアンってポルトガル語じゃね?」 と言ったとか言わないとか。
キリスト教の洗礼名ですね。
有名どころでは 高山右近はジュスト
黒田長政はダミアン そしてわが(?)織田有楽斎はジョアン なんですね。

如庵ができたのは1618年
キリスト教の禁教令が出たのはそれに先立つ1612年。
おいおい 大丈夫か有楽斎。
高山右近なんかフィリピンに追放だぜ・・
でも
大丈夫なんでしょうね。
家康が子供の頃織田家に人質になってて、有楽齋とは幼なじみだったという説もあるし・・
それから、 今話している如庵の前にも有楽齋は茶室を作っていて
それも如庵という名前をつけられていました。
「オレの席なんかキリスト教ダメって言うまえから すーっとジョアンだもんね!」
そんな言い訳は通用しないか・・

これは大阪にあったといいますが古図をもとに再現されています。
a0157159_21292153.jpg
うむむむ
そんなことばっかり言ってたら床の間のコレが十字架に見えてきた・・

座ってみた。
a0157159_21311939.jpg
さすがだなぁ・・
亭主みずからが床の間を背負う。
大名ならではの席じゃあないですか。

ちなみにここに座ってみると
おそらくどこの位置に座るよりも景色はいいようでした。
でも
今残っている如庵 (国宝の如庵のほうね。)
内部はこんなふうです。
a0157159_21422148.jpg
ずいぶんと心境が変わったように思います。
お客主体にシフトしたような。

でも あちこちやんちゃです。
a0157159_2152755.jpg
誰もやったことがないことをたくさんしてます。
客も喜んだだろうけど、本人もねぇ・・


さて この続きはまた今度。
お茶に興味のない人には申し訳ないけど、もう一回だけね。

おまけの写真はマンホール。
牛久になにしに行ったかは内緒。
a0157159_223946.jpg


明日は斧研いで
書道教室通って
それから塩山へ・・      ではまた。

by kaiganyafoo | 2015-05-08 22:05 | 建物いろいろ | Comments(2)

如庵見学記

みなさん こんばんは。

もうすっかりウラシマタロウの海岸屋です。
つまり
アッチ側では三日くらいだったのに
コッチ側にもどってきたらばナント数か月も経っててびっくりです。
ウソです
すいません。

お久しぶりでございます。忘れた?



さて
知ってる人は いったいいつの話をしてるんだか と言われそうなお題
「如庵」 でございます。

もーね
三か月も前の話で、 このままお蔵入りにしようかとも思ったんですが
それももったいない気がしたので。 はい。
a0157159_19455067.jpg



日本には国宝のお茶室が三つあるそうですが、
そのひとつが ここ、如庵です。
写真 撮れないわね。
かわりにこれを・・
a0157159_1933355.jpg


まず概要から話をすると、如庵をつくった人は織田有楽斎という人で
この人は織田信長の実弟ですね。

兄ちゃんの信長が本能寺で亡くなっちゃって、跡取りの信忠も切腹したのに
有楽斎はずーっと生き延びていて、最期は京都の正伝院 となってます。
で、
この如庵は正伝院に付属するかたちでつくられていて、
つまり有楽斎の 終の棲家と言えると思います。

お茶と言えば利休だし、利休t言えば小さい茶室なんだけど
そしてこの如庵もたしかに小さい茶室ではあるんですけど、
(二畳半台目、つまり2.75畳っすね)
なんだか違う気がする。

何が違うかと言うと、有楽斎は利休をあんまり敬ってなかったというか・・なんというか・・

まあ 今日はお腹もすいちゃったし
ボチボチ書いていくんでこんなとこで。(あれ?)

おまけの写真 というわけではないんですが
お茶室の写真を二枚。
a0157159_20272975.jpg

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やれ宮大工がすごいとか、いややっぱり数寄屋でしょ とか
いろんな言い方があって海岸屋は内心不満を感じたりするんだけど
こんな写真をみると やっぱりすごいわ と思わずにはいられませんね。
ええ
お茶室って貧乏くさいよねとか言っててすみませんでした。はい。
ではまた。

by kaiganyafoo | 2015-05-03 20:33 | 建物いろいろ | Comments(4)

フランク・ロイド・ライトの目 スクラッチタイル

みなさん おつかれさまです。



ダイエットなんてぇ言葉は忘れたかのように
毎日腹いっぱいご飯を食べている海岸屋です。
(もうじき80kg)
ま、
膝の具合も悪くないし平気へーき と思ってましたが
明治村に行ったら 「歩いてないんだ日頃」 と思い知った次第です。
(明治村 知ってます? 広いよー)




さて
「深い 面白い はずれがない」 と (有)海岸屋ふー社内では大好評の
日本建築研鑚会 by 日本民家再生協会なんですが
今回は 愛知県は犬山講座です。

ここは 犬山城 如庵 の国宝建築物があって
そして明治村もある。 まずはそこ。

ボチボチ行きます。

a0157159_20443786.jpg
日本建築研鑚会の生みの親 K氏の後をついて歩く。
階段だよ。 ちっ!

K氏は海岸屋とどっこいの体型ながら なんとマラソンにも出場するアスリートで
炭水化物を制限した食事を続けていらっしゃる。
「俺は走れるデブなんだよ!」 と言ったのを聞いたこともある。
「俺は走れないデブなんだよ」by海岸屋。

ええ デブ話はいいです。もう。
さてこれ。
a0157159_20514933.jpg
お目当てはこれ。
日本国中知らぬ者とてない(旧)帝国ホテル。


この建物はいくつもの伝説にいろどられていて、
「壁の仕上げ材は特別に焼かせたスクラッチタイル」 というのもそのひとつ。

今日の話はそのスクラッチ。
これ。
a0157159_21114.jpg
うむうむ スクラッチタイルだねぇ。
スクラッチてーのは この櫛目というか引っ張った筋目模様のこと。
でも
「明治村移築以降のスクラッチ模様タイル」 という説明がついてる。

ん?

では建築当初はどうなんだ?
はい
これです。
a0157159_21111483.jpg

レ レンガですと?
これ レンガ建築だったんですか? 石川さん。(誰)

実はこうなっていたんだよー という証拠の品。
a0157159_2110535.jpg
スクラッチ模様のレンガを積んでその中に鉄筋を組む。 
そしてコンクリートで空間を満たす。

えー
なんて言ったらいいかわからない構造ですね。
レンガ枠の鉄筋コンクリート造?
知らなかったよー

そしてこれ。
a0157159_21195057.jpg
レンガの接着にはモルタル、目地材はそれとは別な色 黄色っぽいものを使って
そして・・・
a0157159_21202955.jpg
その目地の上から金泥を塗ったんだそうです。

ほえー

まあ 金泥とは言っても実際には真鍮泥と言われていましたけど
たしかに光にかざすとキラキラしてました。 今でも。

うーん
職人がどうにかして塗ったんだろうねぇ・・
マスキングテープが通用するような状態じゃない。
スクラッチだから。
大変だぁ・・・

でもね、レンガって言うけど このレンガ 赤くないよね?
そうなんです。
黄色い。
そのために これは常滑で焼いたんだそうです。 わざわざ。

説明してくださった石川さんに、
「同じスクラッチでもタイルとレンガと外側から見分けがつくものですか?」 と聞くと
「そりゃぁもう、全然。」 とおっしゃいました。

全然 ですか。
ふうむ。

見てみる。
a0157159_2136148.jpg
はいこれ。スクラッチタイル。

そしてこっちがレンガ。  石川さんは 「すだれレンガ」 とおっしゃいましたね。
a0157159_21373641.jpg
おお! おおお?
違う!
違うよね?全然。
これは石川さんじゃなくてもわかる。
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手前がすだれレンガ、奥がスクラッチタイル。

そして海岸屋は大急ぎで言いたいけど、ライトはこれを良しとしたんだ。

ライトに一票。
あるいは5000点。

海岸屋もそう思います。
(大声で!)これはいい!! ライト偉い! (お前が言うな!)

そして最後のもういっちょ (レンガばっかりだな ゲップがでるよな)
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櫛引きしたときのダマダマが残ってるよね。
昔の職人は これを 「ワラビ」 と呼んだと教わりました。
そして今でもリクシルのカタログには さわらびという名のスクラッチタイルがあるんです。

そうなんだね。
このすだれレンガを焼いた会社は後にINAXになって今のリクシルにつながる。
それを常滑からわずか北に数十キロの犬山から ここのすだれレンガは見守っている。


な?
深い 面白い はずれがない   の研鑚会でしょ?
今日は先人に敬意を表してヒネリもオチもなく これでおしまい。

これが面白くないなんてぇ奴はレンガの角に・・・(蛇足)

by kaiganyafoo | 2015-02-09 21:58 | 建物いろいろ | Comments(4)

土蔵新築

みなさん おつかれさまです。



布団に入ると7秒で寝る男 海岸屋です。
最近湯たんぽを愛用するという老衰ぶりです。
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いや これじゃない。
これ、湯たんぽ自体が老衰してますから。
好きだけど。


なんでこんな写真を撮ったのか と言えば 
鍬かスコップでも借りようと思って納屋の中を探したから。
はい
古民家の現場でね。

自分の道具を持って行けって話だ、 すいません。
でも あった。
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ナイス。チョーナイス。
お借りします。

馬鹿力を出してこじればこわれてしまうかもしれないけど、
ていねいに使えばとっても使いやすい。
今 調べたけど風呂鍬って言うんですか?これ。
たぶん 柄をすげる職人さんがもういない気がしますね。
棒屋っていうのかな・・

使うにも加減が必要だけど 今の人って加減が苦手ですからね。
(おまえこそ もとからいい加減だろう! というツッコミはなしね。)


えー
海岸屋 今日の仕事は左官仕事。
(おお 大工が半端なのに壁なんか塗ってんじゃねぇ って声が聞こえる)
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左官屋さんが来月いっぱい手があかないって言うから
そんなに待ってられないしね。


さて 電気屋さんの手元で電線埋設したり 壁塗ったり
人を騙す以外のことはなんでもやる というキャッチフレーズ通りの仕事を終えて・・・
帰り道。
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蔵です。

足場が掛かっている。
土蔵の修理か。  偉いなー ・・・・と 思ったでしょ?
海岸屋もそう思った。
けど
これ、話を聞いてびっくり 「新築」 なんざんすよ。
しょえー !

海岸屋もたいがいな蔵好きだと思うけど
地元でこんなことをしている人がいるなんて知りませんでした。
大工は誰? 左官屋はどこから? と興味津々。
最初は向かいの田んぼでトラクターに乗ってるおじさんに声をかけて
次に門から顔をのぞかせた奥さんにむりやり話を聞き出し
ついには大工さんとも長々と話をしてきました。 
厚かましいわね。
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ほーらほら 好きな人にはたまらん写真だぁ・・

これからたびたび通うだろうなぁ と思いつつ
昨日は夜なべをしたからもう眠い海岸屋はこここらでリタイアっす。
ええ
今夜は3秒で爆睡の予感だ。
ではまた。

by kaiganyafoo | 2015-01-14 20:55 | 建物いろいろ | Comments(4)

吉田五十八の余韻

みなさん こんばんは。
サルエルパンツをはいている男を見ると後ろから突き飛ばしてみたくなる海岸屋です。


いや、良かったよかった。
早く歯医者に行きたいな と思うようなコンディションはどうかと思うものの、
やっと行けてよかったのと、
担当してもらっていた監物先生がまだ勤めててよかった。


大抵のことについて海岸屋はとても謙虚な人柄なんですが
歯医者とアレとアレだけは話が別。

とんでもなく痛い思いをさせてくれたり
オカマみたいな口調だったり
大事な友達のイランのA君に 国へ帰れと口走ったり・・・と
仲良くできそうな歯医者に巡り合うのは至難の事だったんです。
容赦なくガリガリやられましたけど、まあ良かった。
心置きなく五島うどんを食べられる日も近いことでありましょう。





さて 最近前フリが長いなぁ と思ってはいるんですが
吉田五十八。
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ここは山口蓬春記念館。ガラスにブラストされた名前。
良く見えないよね すまんね。
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場所は葉山 とある部屋からは海が見えます。
葉山の海がなんだかカッコイイ気がするのは千葉者のひがみか。
吉田流
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写真がまずくてよくわからないだろうけど、
1、角に柱がない
2、建具が極端に大きい細い部材が少ない
3、鴨居もない
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ね?

これを今見ていいとか悪いとか言うこともできるけど
もし誰もやってなくて自分がいちばん最初にやったとしたらだいぶ得意になるだろうな。
海岸屋なんか天狗まちがいなし だな。

こんな建具もある
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数寄屋とモダニズムとを掛け合わせるとこんなにほっそくなるんですかね?

昔からある和式の寸法って強度面からの検証もされているものだから
こんなふうにそこから大きく外れると まー大概何かが起きますな。
「壊れるよ!」 とか
「もたないよ!」とか
「落ち着かないよ!」とかその他いろいろ。

ですからこれは施工者がすごく苦労しています。
ほとんど無理難題。(だと思うな)

ある大工は吉田を鑿で突き殺してやろうと思った というし
いろいろ言われて気鬱になって大工をやめてブラジルに渡ったのもいる。
はー
地球の反対側だねぇ・・

つまり ただ単にシンプルにしました なんてぇもんじゃないよ ってことっすね。

海岸屋はモダニズムには詳しくないんだけど
機能性とか合理的とか そんな言葉と馴染むんじゃないかと思ってる。
一方数寄屋は全然違って、 
木じゃもたないだろう? っていうくらいの軽業的な見せ方をするために
裏から鉄で補強したりまー 言ってしまえばだましてる部分ってある。

だから、モダニズムのあるものがシンプルに見えるからって
シンプルに見せてる数寄屋と共通だなんてーことにはならない。・・はずだけど
我が吉田先生はあんまり気にしてないご様子です。
お金、かけてるしね。

建具ばっかりでもなんだから他も。
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鴨居見せてないね床柱細いね地窓枠ないね天袋でっかいね物入れたら下がるかね・・
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障子はあるけど枠はない・・
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簡素な引手。

こうやって見てると 「これ、いいなぁ。」 と感じるもののオリジナルを見る思い。
いつしか吉田好みに染まっているのか。付け焼刃なのに。 いや、だからこそか?


木造です って言うと素人の方は 宮大工ってすごいんでしょう? とおっしゃるし
玄人の方は 数寄屋大工の技術は別物? とおっしゃる。
そうか?
家大工って下?
などとみさかいのないケンカを売るような発言をしておいて
今日のところは急におしまい。

歯医者に行ったからはなしにならない・・・
(あっ!ひどい。 せっかく読んでくれたのにごめんなさい)
では。

by kaiganyafoo | 2015-01-10 22:13 | 建物いろいろ | Comments(0)